農学カフェ 〜とある農家の座談会

Cultivate the future
 
 

「フォルテッシモ アッシュ」から今年の夏に発売された「古田メロン」のショートケーキ。
 
 
 先日、明星ライブラリーにて渥美半島で個性的、かつ情熱的に農業を営む三人の農家の方々を迎えて座談会が行われました。会に参加してくれた三人を紹介しながら、この度の会を「農学カフェ」とし、ささやかに報告させていただきます。

 この日お迎えしたのはトマトやメロンの栽培を手がける石井農園の石井芳典さん、ミニトマトの栽培をする「あつみちゃんトマト」こと、小川農園の小川浩康さん、無農薬いちご栽培に取り組む渡會農園の渡會真朗さんです。
 三人はお互いに同じ地域の農家として存在を知る間柄でしたが、じっくりおしゃべりをするのは今回はこれが初めてとのこと。この日は三人の近況や農業に対する思い、栽培方法などについて熱く語り合う時間となりました。栽培する作物も、栽培への考えも違う三人ですがそれぞれに、農家の道へ進む以前は全く別の職業を経験してきました。また農家としての今の仕事をとてもクリエイティブに、生き生きとされているように感じます。「趣味なのか仕事なのか分からない感じです。」と語る渡會さん。

以下に三人それぞれの農家としての独自な在り方を紹介します。
 
 

石井芳典さん/石井農園

 石井農園の石井芳典さんは今年の夏、渥美半島に伝わる伝説の在来種「古田メロン」を初めて栽培し、そのニュースが各メディアでも取り上げられ、栽培したメロンは瞬くまに予約のみで完売となりました。また名古屋市のスイーツの名店「フォルテッシモ アッシュ」の辻口シェフが惚れ込み、メロンのショートケーキとして販売されることになるなど、栽培までの出会い、経緯から始まる物語と自身からの発信は渥美半島から巻き起こった旋風のような「古田メロン」でした。来年以降の「古田メロン」の栽培も楽しみなところですが、メロンの季節が過ぎて間もない中、石井さんが現在栽培を手掛けているのは「エアルームトマト」。エアルーム(Heirloom)とは直訳すると「受け継いだ物」とか「財産」という意味であり、その地方の環境に適応し固定化した種を代々受け継いで栽培される品種のこと。ただし、そのトマトは一つ一つの形も大きさも様々で、栽培も難しいことから安定供給を行いづらく、これまで市場には出回ることがありませんでした。昨年、石井さんから分けていただいたエアルームトマトの味わいは濃厚でワイルド、特にサンドイッチやハンバーガーにするととても美味しいトマトです。販売場所は地元の「産直市場」などで行われる予定とのこと。
 

昨年石井さんにいただいたエアルームトマト。

 農業の道を歩む以前は東京でスタントマンとして活躍し、母親が亡くなったことをきっかけに農業を継ぐために渥美半島の実家に帰郷、武術や漁、寿司の握りなど様々な特技も持つスーパーマンのような石井さん。農業を通して自分の生き方と世界への挑戦を表現しているかのような力に満ち溢れています。

 
 

小川浩康さん/あつみちゃんトマト(小川農園)

2人目は「あつみちゃんトマト」こと、ミニトマトを栽培する小川農園の小川浩康さん。私と小川さんとの出会いは何と小川さんが小学生の頃。自宅の2軒先が小川さんの実家で、登下校の際に時々挨拶をしながらおしゃべりをしてくれていました。30代となりすっかりたくましくなりましたが、当時の素直で好奇心に溢れた小学生の小川さんの笑顔を(普段は昔からの呼び名で「ヒロくん」と呼んでしまいます。)をよく覚えています。小川さんは愛媛の大学を卒業後、渥美半島に戻り農業資材を扱う地元の企業に就職し、10年近く勤めた後退社、その後は日本全国全県を巡る旅に出たとのこと。実家の「小川農園」を継ぐこととなった小川さんは現在、ミニトマトの栽培には旨味成分をたっぷり含んだ「出汁」を生育の過程でトマトに与えるなど、独自な手法を施しています。その味わいは味が濃くて皮が薄く、とても美味しいと評判です。また農家としての楽しさややりがいを伝える発信も、自分らしい方法で行っています。
最近の小川さんといえば何と言っても「農カード」。
 
 

農家の魅力を伝える農カード / 農カードプロジェクトHPより

 
小川さんがTwitterで呟いた一言からスタートした「農カード」は、農家と消費者を繋ぐ販促企画で、小川さんを含めて岐阜と北海道在住の農家の仲間3人を中心としたプロジェクトとなり、全国の農業を営む人達にで参加を呼びかけると10日で71人の農業関係者が集まったそうです。参加する人はそれぞれ、このプロジェクトのためにデザインされた「農カード」には自分の栽培する作物や自己PR、写真などが紹介され、郵送する野菜ボックスなどと一緒にこのカードを消費者に届ける仕組み。消費者はカードを通してどんな人が作っているのかを知り、トレーディングカードのような感覚で楽しく全国の農カードを集めることが出来ると同時に、農家の仕事の大切さや楽しさも感じることが出来ます。小川さんのミニトマトの販売は「ポケットマルシェ」などを通して消費者と直接やり取りをしながら行う方法が中心。お客さんの声がダイレクトに届くことがとてもやりがいがあり、栽培のモチベーションにも繋がっているそうです。

 
 

渡會真朗さん/ 渡會農園

三人目は、昨年から無農薬・無化学肥料でのいちご栽培に取り組む渡會真朗(まさあき)さん。渡會さんは1992年渥美半島生まれ、大学卒業後は名古屋市内のIT企業に就職、2018年に実家の菊農家を継ぐことを決意し帰郷しました。同時にこれからの栽培品目を自身の大好物の「いちご」と決め、さらに食と環境の安全を考えた末に無農薬・無化学肥料でのいちご栽培をすることスタートします。無農薬でのいちごの栽培は数ある農産物の中でも最難関と言われる中、渡會さんは「出来るはず。」と試行錯誤をしながら自身の信念を貫いて2019年には無農薬・無化学肥料によるいちごの栽培を成功させ、販売へと進むことが出来ました。今年、「有機JAS認証」を取得し昨年よりもさらに栽培数を増やして地元のスーパーなどを通して渡會農園のいちごを届けていくとのことです。

「才能とは自分自身の力を信じる力」と言ったのはロシアの作家、ゴーリキー。今回お話を伺った三人に共通しているのは、一般的に考えれば成功する可能性も少なく保障もなく、リスクばかりが大きいと思われる事柄に対して、自分自身の内側にある「出来るはず。やってみたい。」という心の声に耳を澄まし、実行していることだと感じます。それは、決断に至るまでの自分自身による多くの体験、考察、実践、勉強を重ねた上での信念。

自分の畑にどんな種を撒き、どのように育て収穫するのか、自然との対話の中で創造性をフル稼働させているような三人の農の道。考えも手法も様々ですがそれぞれの人生が生き生きと響き合っているような座談会の時間でした。渥美半島の農が、人と文化を耕しています。
 
 
text / Masami Araki (Myoujou Library)
photo / Koshi Asano(Office Presence)